スタッフ日記


山瀬 幸宏

『山瀬的コーチ紹介その9』
 今回の日記では、SSSのコーチ紹介に戻り、田古嶋コーチを紹介したいと思いますが、実際のところまだそこまで詳しくないので、いつもより少し短くなるとは思います。

 まず、はっきりと分かっているのはスタッフの中で紅一点だということです(見れば誰でも分かりますが・・・)。私を筆頭におそらくあまり気の利かない男性陣の多い中、いろいろなところに気配りされているようです。

 特に、クラブハウスの片づけや、女性用トイレの掃除なども担当されていて、いつもきれいにしてくれています。確かに男子用トイレと比べて使用頻度が少ないとはいえ、私も練習後のチェックや担当の時も違いが分かるレベルです。

 ここで1つ施設を利用する皆様にお願いがあります。SSSの子どもたちにも言っていることですが、トイレなどみんなで利用するところは、気を使ってきれいに使用してほしいと思います。まずは乱暴に扱ったりせず、気軽には汚さないようにしてください(汚してしまったら自分できれいにしましょう)。

 さて、田古嶋コーチとの接点と言えば、クラブハウス2階の事務室での業務時間があります。子どもたちはいつも指導中のコーチの姿しかイメージが無いかもしれませんが、それはもうたくさんの事務処理業務があります(私も慣れるまで大変でした)。

 その中で、電話対応もあり、私もまずまずの対応にはなってきていると思うのですが、難しい要件などは、田古嶋コーチに助けてもらうこともあります。そんな時もさらりと対応してくれるので、さすがベテランの力だなぁと勝手に安心しています。

 私が来るまでは、田古嶋コーチも指導の現場に出ることもあったようですが、最近はあまり現場には立っていないので、わからない子も多いとは思います(フレンドリーカップでは、いつも登場していますよ。さて、どこにいたか気づきましたか?)。

 私が知っているエピソードですと、たまにスタッフ間で食事をすることがあるのですが、大食漢コーチに負けずにけっこうな量を食べているような気もします。さらにデザートも欠かさないようです。ここでコーチ紹介で恒例の“山瀬eye”でプレーヤータイプ自動診断を致しますと「ゴール(美味いもの)への嗅覚。アシスト(デザート)は別腹」と、いうところでしょうか?
 

2017/07/21

 

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山瀬 幸宏

ビックネーム?
 少し前になってしまいましたが、話題性が抜群なことがあったので、せっかくなのでスタッフ日記に残そうかと、久しぶりに登場したいと思います。

 それはずばり乾選手の話です。(リーガエスパニョーラのSDエイバル所属)カンプノウでホームのバルセロナから2得点をあげたことはサッカーをしている人なら記憶に残る出来事でしょう。

 しかも4月にはスペイン国王来日時の食事会に招かれるなど、ニュースなどでも見た人もいるのではないでしょうか。自分もテレビやネットで見て、いやーすごいビックネームになったもんだなーと思っていました。

 乾とはマリノスで2年間ぐらい共にプレーしたので当時の思い出が浮かんできます。乾がマリノスに野洲高等学校から大きく取り上げられながら入団したのが10年くらい前。当時注目されたセクシーフットボールなんて言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか。

 もちろん能力、センスはたしかなものがあったのですが体の線は細かったように記憶しています。私が1番印象に残っていることは気持ちの強さというか上昇志向の強さです。

 特に注目度の高い新加入の選手は、記者会見や取材が多くあり(注目度によりますね。自分は少なかった・笑)、今まで私が見てきたのは「少しでも早く試合に出られるようになりたい」、「試合で活躍してチームに認められたい」、「何得点、何アシスト目指します」などまぁいわば安パイな発言がほとんどだったのですが(高卒ならなおさらですよね)、いきなり乾は「Jで活躍して2年で海外に行きます」(2年でスペインだったかな・・)と語り、すげえこというなー、ビッグマウスかなと思っていました。

 案の定その後の練習ではすぐにそのネタでいじられており(特に中澤選手に)、もともと素質があったのか早くもいじられキャラとして確立、チームからも愛されていました。しかしその発言も今となっては現実となっており、海外でサッカーがしたいという誰もが持つであろう思いと、自分のサッカーに自信を持っているからこその強気の発言だったのでしょう。

 1年目からコンスタントに試合に出ているということは、マリノスもビッククラブですからなかったとは思うのですが(もちろん自分とポジションがかぶっていたので簡単に譲るつもりもなかったし)、でも高卒すぐでメンバーに絡んでくるあたりすごいやつだと思っていました。

 プレーで特にすごいと思っていたのがトラップ・ファーストタッチの正確性。乾選手の代名詞は切れ味鋭いドリブルやスピードを想像すると思いますが、私はそのドリブルにつながる1つ前のタッチが乾の1番の武器ではないかなと思っていました。もちろんキレやドリブルスピードはかなり高いのですが、やはりJ1トップで体をぶつけられ潰される場面もありました。でもドリブラーにしてはかなり少ないのではないかと思っていました。

 これは単純に私の思い込みなのですがファーストタッチが正確で優位な場所に置ける(相手が体に触れることができない位置)、その状態で抜群のキレでドリブル開始という印象や場面が今日記を書いている時にもはっきりと頭に浮かんできます。

 ファーストタッチ・トラップが良いのでDFが当たれない、無理に当たりにいけばファールになりそうな位置に止められる。もしくは当たりにいかなければスピードに乗った状態のドリブルを処理しなければいけないという最強の二者択一の状況を作るのがうまかった。それも全ては彼のファーストタッチが生んでいるのではないかと・・・(たいしたことない選手だった自分が勝手に上から目線で語らせてもらいました)。

 乾とはベンチウォーマーでサブとして試合時にベンチで一緒にいることも長かったし、メンバーに絡めない時の居残り練習などの期間を長く過ごしたり、またお互い試合に絡めずに当時のJ2、サガン鳥栖とセレッソ大阪に移籍した後も勝負しあった仲でもあるので今後も是非活躍してほしい反面、サッカープレーヤーとして今の乾に対して羨ましさや、悔しさなども感じています。

 最近の代表で10番を着けていた乾選手、コンサの河合竜二さんや早坂、兵藤などもそうですが昔のチームメイトが活躍していると頑張ってほしいと素直に思う反面、また自分自身がJの舞台でやりたいと非常に心を刺激してきます。その刺激をうまく子どもたちに伝えていけたらと思っています。
 

2017/06/24

 

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田古嶋 愛子

『初』蹴り
 このたび、スポーツ振興くじ助成を始め多くの方々のご協力により『SSS多目的屋内交流施設』が無事完成に至りました。まずは心より感謝申し上げます。

 完成後、施設利用者の安全を祈願した竣工式を終え、早速、1月18日より練習活動で稼働しています。

 1月17日の竣工式終了後は、人工芝などの感触チェックや施設の最終点検を兼ねて一部スタッフで「新年初蹴り」ならぬ、「施設初蹴り」を行いました。

 初蹴りといってもただのパス交換ではなく、最近SSSイベントでおなじみになってきたキックインターゲット大会が開かれ、施設初となる栄誉ある優勝者を決めるということになりました。

 参加者は、全国大会出場常連者や元Jリーガーなどの並み居る猛者たち。私もC級指導員(アピール)枠で出場しました。使用球は全員大人ということで5号球となり、まずはコロコロシュート部門での1巡目。猛者たちは次々とはずしながらも「まあ、まだ1回目だしー」という余裕の笑顔。そして1巡目最後の挑戦者はこの私です。決められなかったら2巡目に入ります。「では、よっこいしょポン」と軽い気持ちで蹴ったところ・・・見事(自分で言っちゃいます!)ゴールイン!!

 「おいおいウソだろー!」という参加者の心の声が聞こえましたが、1巡目だけは全員の動画を撮っていたので、証拠を残すことができました。

 次はループシュート部門です。ループでなくてもいいのですが、ボールを浮かせて地面に置かれたターゲットを狙うのです。私は慣れない5号球なのでハンデをもらい、短めの距離で蹴らせてもらいました。これはさすがに難しく、私も含め誰も1巡目で決めることはできませんでした。

 2巡目、3巡目と過ぎる中、猛者たちは蹴り方を変え挑んでいきます。私は一貫としてシルキータッチのループで狙っていき、たぶん6巡目くらいだったかと思いますが、見事(またまた自分で言っちゃいます!)小さな枠の中にゴールイン!!

 この結果により、キックインターゲット屋内施設ラウンド第1回優勝者となりました!

 ちなみに、私以外だーーれも決めていません。それはSSSのコーチとしてどうなのかなー。へっへっへ。元Jリーガーからも「実際すごいと思います。完敗です・・・」と認めてもらいました(えっへん)。

 そして、ひとり悦に入るためキックシーンの動画を見ようとしたところ、撮影していたDコーチから「あ、タコジマさんの順番の時、録画が切れた」と衝撃の発言が。

 「なぁーにぃー!?やっちまったなー」と動画を確認したところ、私が蹴ったボールがターゲットに当たって跳上がったところでピタリと切れていました。メモリ不足のせいとか言っていましたが・・・。Dコーチが全くゴールインできていなかったので、証拠を残さないよう動画消去の操作をしたのでは!? 実際にこちらにカメラを手渡す前にかなり慌てて手をピコピコと動かしていました。うーん怪しい・・・。
 

2017/03/02

 

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山瀬 幸宏

『山瀬的コーチ紹介その8・土橋コーチはいろいろスゴイ?』
 前回のスタッフ日記で紹介した社会人チームSSSアンティーゴスの出来事の続きなのですが、そういえばまとめ役の土橋コーチがなぜかチームメイトからいじられてた(良く言えば人気がある?)なぁーっていうのを思い出したのでちょっと書こうかと思います。

 前回も書いたのですが、MF登録の内藤コーチがキーパーを担当したり、人数もたしか11人ちょうどか1人多いぐらいでした(社会人リーグではありがちかもしれません。チームメイト募集中です)。その日はプラスひざのけがをしていた土橋コーチだったと記憶しています。

 まず人数がぎりぎりなのに、土橋コーチがひざのけがで試合に出られないというので、すかさずチームの人から「また大したことないのにそんな大げさにするなよー」、「足もわざと引きずってんでしょ」、「骨折か靭帯が切れてないとけがじゃないから」などなど集まった瞬間からいじられていました。皆さんとても親しそうでしたが、高校や大学などで一緒にプレーしていたのでしょうか?

 試合後の雑談などでは、やはりひざネタと、あと昔のあだ名がすごかったっていうのを覚えています! 私は笑ってもいいネタなのかわからずちょっと離れたとこで聞いていましたが、単純にそんなふうに呼ばれんのスゲー(ぷぷぷ)と思っていました。
 
 この日記を見た子は、直接土橋コーチにあだ名を聞いてみてはどうでしょう? 土橋コーチはサクセスコースを担当していますので、バスの中など聞きやすいのではないでしょうか(もしかしたらはぐらかされるかもしれませんが・・・)。

 ちなみに内藤コーチに続き、土橋コーチのプレイスタイルを“山瀬eye”でSSS競技会的にプレーヤータイプ自動診断させてもらいますと、「サイド際の槍、将棋で言えば香車(縦方向には無限に進める)、もしくは横移動のできない飛車」という感じでしょうか。あと性格は超の付く負けず嫌いのようで、一緒にトレーニングした時もあの手この手を駆使して(ズルをしてでも)対決に勝とうとしてきます。でも結局、一番負けてたような・・・。

 以前事務所でこのような話題になった時に本人も笑っていたので日記に投稿しても大丈夫でしょう(でもメガネの奥の目が笑ってない時も多いような気もします・・・)。
 

2017/02/18

 

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山瀬 幸宏

『山瀬的コーチ紹介その7・内藤コーチとアンティーゴス』
 今回は、少し時間が経ってしまった話なのですが、SSSに指導者として戻ってきた2015年の外シーズン、札幌市にある米里グラウンドで試合をする機会がありました。私自身は中学生以来なので15年ぶりぐらいに米里に行ったことになります。

 グラウンドに着くと、入口手前から見えるバスケットゴールや屋外テニスコートなどを見て『いやーなにも変わってないじゃん』と懐かしく思っていました。

 私が中学生の時と同じように、コンクリートの階段みたいな所に荷物おいて土のピッチに入りました。すると『あれ?土がかたいー!』。私としては学校にある走り幅跳びの着地のような砂質の印象しかなかったので、ビックリしました。

 遠目には変わってなかったようですけどグラウンド自体は変化していました。ちなみにあの土、めちゃくめちゃボール扱いにくいですよね!(言い訳?) 試合ではコントロールミスをたくさんしてしまいました。しかもトップスピードでドリブルして、思い切りすっころんで、チームメイトからは「グラウンドにモグラいた?!」、「モグラの掘った穴にはまった?」、「それとも穴から出てきたモグラの頭に引っ掛かったの?」と、ずっと茶化される始末・・・。

 試合の方はというと、SSSには「SSSシェフィールド」という社会人のチームがあり、その上の35歳以上のミドルリーグにも「SSSアンティーゴス」というチームで参加しています。その時はチームのアンダー枠(3人までOKらしいです)で試合に出させてもらいました。オーバーエイジの逆バージョンみたいな感じでしょうか。

 SSSのチームというだけあって、チームメイトのみなさん足元の技術も高く(私よりも転ばず)ベテランのうまいプレーで慣れているようでした。

 その日は、キーパー本職の方が来られなかったので、急遽本来フィールドプレーヤーの内藤コーチが務めることとなり「ふふふ安心して下さい!止めてますよ!!」と自信満々のようでした。実際に試合中は、相手フォワードとの決定的な1対1をセーブするなど助かりました。

 ですが、その自信が過信に変わったのでしょうか。1点リードで試合が進む中、相手のふんわりやさしい山なりの楽々止められるロングシュートを自信満々で見送り、見事に失点! 味方も相手もだますような選球眼?に驚きました(緊張感のあるゲームにするためのいらない演出だったのでしょうか?)

 ちなみに内藤コーチを“山瀬eye”でSSS競技会的にプレーヤータイプ自動診断させてもらいますと「パワーシューター、クラッシャー」などが良く合うのではないでしょうか。

 その日は結局、最後は試合に勝つ事ができ、一安心でした。その後、2015年8月16日にSSSのホームグラウンドで初のミドルリーグ開催。そしてリーグ上位対決(SSSは2位)にホームグラウンドで勝つことができ、逆転首位となる事ができました(ホーム戦で勝つのはリーグで戦う上での基本ですね)。

 SSSを卒業してから約15年。公式試合を伝統の青×黄の縦じまを着て、さらには私の時代には存在しなかったホームグラウンドでプレーするというすばらしい体験をする事ができ、感慨深いものがありました。
 

2017/02/11

 

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山瀬 幸宏

ランニングマン?
 私が担当しているのは主にジュニアユースコースと、サクセスコースと幼稚園、小学校に出向いての指導なのですが、低学年や幼稚園の子が練習の合間などによくランニングマン?しているのを見かけます。私はよく知らないのですが、両腕を斜め上に伸ばしてステップを踏んでいる感じです。EXI○Eのダンスでしょうか?

 さて、指導にあたっているジュニアユースでは、最近タイム走をやるのですが、きつそうに走っている姿が見えます(あたりまえですね)。ですが、「本格的なフィジカルトレーニングはそんなもんじゃなくもっときついんだぞ!」と私が体験した例を交えて紹介したいと思います。

 現役の時にはランニングマンのダンスではないのですが、あるいみランニングしまくっていたランニングマンの時期がありました。プロ時代、監督によって練習後によく20-30分ジョグ(クールダウン)しなさい、というのがありました。「軽くジョグしとくように」という監督もいれば、「絶対するように!」という監督もいました。私なんかの現役時代は適当(!?)な方の選手でしたので、日によってはジョグしないでクラブハウスに戻ることもあり、「ジョグしないやつはその週のゲームはベンチ外だ!」なんてこともありました・・・(反省・・・)。

 ちなみにシーズン前にあった3部練習。ある時には早朝山登り、1000m×8本や10分間走×何本など、ハードなフィジカルトレーニングが必ずありました。

 その中、一番長く所属したマリノス時代では、練習後のジョグをグラウンドから出て、外で走るというのが一時期はやっていました。というのもグラウンドがみなとみらいにあり(マリノスタウンです。今はなくなってしまいましたが)、すぐ横が東京湾で、その湾沿いのランニングコース的なものによく走りにいっていました。

 経路的には、まずグラウンドを出て、東京湾沿いの公園に入りJR桜木町のランドマークタワーや観覧車の横を通って赤レンガ倉庫までというコースです。このコースですと往復で1時間かからないぐらいでした。横浜に行ったことある方はわかると思うのですが、このコースは、さすが観光地!なので、まあ人が多いです。そんな中をユニフォーム(背番号、名前付き)でガンガン走っていました。1人だときついですがみんなグループで行っていました。

 その中、赤レンガ倉庫あたりではミニ四駆大会が開かれていたり、ライブをやっていていたり、ちょうどフェリーが出航するなどいろいろなものを見ることができました(でもとにかく人が多かったなーという記憶が一番です)。
 
 走るコースは、だいたい長くても赤レンガ倉庫ぐらいまで行って帰ってくるグループが多かったのですが、私はよく田中隼磨さん(現所属、松本山雅FC)とランニングに行くことが多く、その先にある「丘の見える公園」という横浜では有名なところまで行っていました。この田中隼磨さんはチーム1の体力の持ち主でJでもトップクラスだと思います。と言うのもシーズン前、だいたいキャンプ前に体力テストでいろいろな項目をマシンなどで数値化するのですが、田中隼磨さんはその中のスタミナ部門のVO2MAXやYo-Yo-テストでずば抜けて1位でした!(Yo-Yo-テスト、簡単に言えばシャトルランの繰り返し、わからない人はネットで調べてみよう!)

 ジャンプ力とかキック速度、キック力、反射神経、6キロ走、あとは目のテスト(視力テストではなくいわゆるスポーツヴィジョンというものです。一瞬数字が映りどこまで覚えているとか、盤の光った所を次々にタッチする)。SSSでも育成年代用のスポーツ競技会(国内・米国で特許取得)というのがあるのですが、それをより本格的にプロ仕様にしたという感じでしょうか。

 VO2MAXというのは顔を機械的なマスクで覆いながら、ジムにあるようなランニングマシンで3分ごとにスピードと傾斜があがっていくテストです。マスクするだけでかなり呼吸しにくくなるのですが、呼吸量や途中で行う採血(ホッチキスみたいなもので指先から血を採取します)で体からでる乳酸量や最大酸素摂取量(1分間や1呼吸あたりにどれぐらい酸素をとりこめているかなど)を見るテストです。

 だいたい開始から20分までは休憩を挟みながらスピードがあがっていくだけなのですが、それ以降は傾斜もあがっていくので20分前後でみんな終了してしまいます(自分もなんとか傾斜が変わるとこまでは頑張っていました)。隼磨さんはそれから傾斜MAXまでいってもなかなか終わらずデータ計測の人からストップがかかって終了していました。そしてデータ計測の人からマラソン選手でもやっていけるというのを一緒にいて聞いたことがあります(マラソン選手は傾斜MAXでもずっと走り続けるそうです)。テストのあのマスクをつける時やスタートの緊張感や、呼吸のしにくさを思い出しただけでも、気持ちがきつくなってきます・・・(ある意味トラウマかも)。

 ちょっと説明が長くなりましたが、1人などでのランニングや、隼磨さん、時には小椋選手(2016年時はガンバ大阪、水戸のガットゥーゾと呼ばれた男)と悪ふざけで、練習場からかなり離れた私の兄のマンションにピンポンダッシュ(よい子はマネをしてはだめですよ)をして帰るなどかなり走り込みをした年でした。

 でもきついトレーニングのおかげでそのシーズンは体が良く動きキレのあるプレーができたと思っています。フィジカルは続けないとダメですね、やっていないとすぐ落ちると感じています。

 SSSの指導者は、自身が動ける年齢の間は見本となれるよう一緒にプレーすることを言われています(良いデモンストレーション。悪いデモンストレーションはダメ)。子どもたちには、自分で体感したり、プレーを見ることでも何か盗んでほしいと思い指導にあたっています。でも、今は指導時に行う中学生との1対1、1本ですぐ息があがってしまいます。これは良い見本ではありませんね。もう少し継続したトレーニングが必要かもしれません・・・。でもYo-Yo-テストはカンベンしてYo!
 

2017/02/02

 

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田古嶋 愛子

今年もよろしくお願いします!
 SSSホームページをご覧の皆様、明けましておめでとうございます。年末年始の北海道はめずらしく穏やかな気候となり、クラブハウスからはきれいな夕焼けが見えていました(その光景に日頃忙殺されそうな業務で荒みかけていた心が洗われるようです・・・)。

 さて、めでたく2017年を迎え、SSSの中で一番早く活動が始まるのは、レギュラーコースの5年生。3日から毎年恒例の市川市招待少年サッカー大会に参加します。それに続き、他のコースでも長い冬休み期間を利用し各地で合宿を行っていきます(参加する皆さん、予定は忘れていないよね!?)。そして毎年、合宿はもちろん日頃の活動で事故やケガなど無いよう初詣でお祈りしています。

 今はまだ雪に埋もれているホームグラウンドも、あと3か月もたてば雪が解け(測ってはいませんが、今のところ積雪が少ない気がします…)、屋外での活動と早い春を今から楽しみにしています。

 それでは、各地で子どもたちがお世話になると思いますが、SSS共々今年もどうぞよろしくお願いいたします!
 

2017/01/04

 

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田古嶋 愛子

サッカーファミリーとしてあるまじき失態・・・
 先日、ご覧になった方も多いとは思いますが、鹿島アントラーズの快進撃に沸いたFIFAクラブワールドカップ・ジャパン。大方の予想を覆し、Jリーグチャンピオンシップでも下剋上優勝を決めたアントラーズが、なんと決勝進出。あのレアル・マドリードとの大舞台に挑みました。

 試合当日、業務の都合上どうしてもライブ映像の時間帯では見ることかできず、時間差は出てしまいますが、録画での視聴を1日の楽しみにしておりました。業務中もインターネット情報を遮断し、気軽に試合結果を言い出しそうな他の職員とのコミュニケーションも一切拒否していました。

 そして業務終了後ワクワクドキドキしながら帰宅。飲み物(大人用)とおつまみ片手に準備万端で録画再生開始のキックオーフ!!

 「あれ、画面が暗い。まさかな、もう一度冷静にスタートボタン連打!! さぁキックオーフ!・・・」しない!?

 「オーノー、大会の1週間前から予約していた録画が撮れていなーい!」ががーん。。。(ショックの表現も古く、白黒のアナログイメージです)

 信じられないことですが、録画予約失敗で日本を代表して戦うあのアントラーズの雄姿をしっかりと見ることは出来ませんでした。その後、やべっ○FCやその他のスポーツニュースなど見まくりましたが、サッカーファミリーとしても、指導者としても、全くなっていなかったなーと反省致しました(飲み物もなぜか苦く感じました・・・ぐすん。。。)

 んー、今回の私のケアレスミスは、自身のディシプリンが足りなかったか、それともインテンシティの差が出て、録画予約のチェックが甘かったか、そしてチェックが甘くプレスもできていなかったか、いやいやデュエルが足りなかったかなどなど、サッカー用語でごまかしているところです(こういう指導者いますよねー)。
 

2016/12/22

 

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山瀬 幸宏

セレクション
 みなさま、たいへんお久しぶりです。かなりの期間スタッフ日記が空いてしまいましたが久々に投稿させてもらいます。

 10月1日、自分が受け持っていますジュニアユースの1次セレクションがあり、たいへん多くの方に参加して頂き、ありがとうございます。

 多くの選手が集まったこともあり、それぞれの経験やサッカーにも幅がありましたが、どの選手も真剣そのもののプレーで、“点を取ってやる”“1対1で抜く”“良いプレーでアピールしてやる”というような気迫が近くで見ていて非常に伝わってきました。セレクションでは、どうしてもチームとしての指導適正人数や、SSSからの持ち上がりの兼ね合いで人数を絞らなければならず、お断りしなければならないことがあるので、複雑な心境でもあります。

 その中、セレクションに参加してくれた選手たちの真剣で絶対アピールしてやるという姿が私に大いに刺激を与えてくれ、ふと自分の現役時代の思い出や小中学生の時の同じような体験を振り返る機会となりました。

 セレクション、選抜という形でまずパッと頭に出てきたのが小学6年の全国大会で優秀選手がチームを組み代表として参加したスペイン遠征。公式大会か交流試合だったのかは定かではありませんが、覚えているのは出発前に多分東京あたりで集まった練習会の気まずさです・・・。

 北海道からは私だけだったので知っている人が1人もおらず、エスパルスの選手が多く、グループを作っていて、私は同じく地方から来て知り合いがいないであろう子と仲良くなったのを覚えています。たしか試合もあまり出ていなく(ほとんどエスパルス)、ある記憶といえばベンチでアップ中に「そんなぬるいアップじゃ試合だせない」と言われたこと。

 仲良くなったと子とは、宿泊先のホテルで、部屋に行って夜遅くまで話し込んだり遊んでいたこと。後は観光で、当時は何の建物か知らなかったですが、“なんだこの不思議な作りの建物は?”と思って上ったのが、大人になって知るあのサグラダファミリアだったことなどは良い思い出です(サッカーの記憶は特にないです。笑)。

 後日もらった遠征の記念本には最後のページにブラジル人のサッカー選手らしき人を中心にした全員の集合写真があり、確か自分が高校生かプロに入ってすぐぐらいになんとなく本を見直していると、なんとその選手がロナウドだったと判明!(今の時代の子どもたちが知っているC.ロナウドではなく元祖ロナウド。怪物と称された選手です)。

 その当時は分かっていませんでしたが、あの伝説のロナウド選手と一緒に写真を撮っていたとは! そう言えば、お土産に大量に買ったユニフォーム型のキーホルダーはFC Barcelonaでした。ということはカンプ・ノウのファンショップに行っていたのかな!?そんな記憶もよみがえってきました。もしかしたら、その時に入ったでかいスタジアムがカンプ・ノウだったのかも?(最後にはスタンドまで入って芝を眺めて帰ってきました)。以前の日記にも書きましたが、現役の時にマリノスでバルサと試合をするなど、振り返ると何かとバルサとは縁があったんだなーと感慨深いものもあります。

 ちなみに当時の遠征の参加メンバーを見てみるとその後何名かプロになっており、まだ現役でがんばっている選手もいるようです。現役時代も特にこれといった交流はありませんでしたが、あちらも知っているはずなので、まずはお疲れ様です!(笑)。

 もう1つ思い出すのが中3の時にマリノスユースの練習に参加したことです。これははっきり記憶に残っており、今回のセレクションに参加された皆さんと同じような状況で、“結果だしてやる”“いいプレーしなきゃ”と、とにかくがむしゃらだったのを覚えています。

 当日は高1、高2グループの練習日だったらしく「札幌のチームから来ました・・・」とあいさつをしたところ、「札幌からわざわざ!」とまず言っていたのが田中隼磨選手(現、松本山雅)。隼磨さんも地方出身ということなのか練習参加中いろいろと話しかけてくれたことを覚えています(ありがとうございます)。私はユースの練習に参加することで決めてもらったのですが、高校に入ってからセレクションで入ってきた選手(2人のみ)に聞くと、全部で200人以上は参加していたと言っていました(いったい何次セレクションまであるんだ。恐ろしい・・・)。それを聞くと、練習参加の時点で入団を決めてもらってよかったと今でも思います。

 と、何か自分の昔話しになってしまいましたが、こういう当時の熱い気持ちを思いださせてくれたセレクションに来てくれた選手たちに感謝したいですし、もう1度現役でやりたいなぁという気持ちにさせてもらいました(32歳なのでまだいけるはず!)。

 2次セレクションに来てくれる選手は、自分も同じような場面を何度も経験しているので、「緊張するな!」という方が無理だとは思いますが後悔の残らないよう全力を出してくれればと思います(逆に自分がセレクションの進行であたふたしてしまいそうで、その心配も・・・)。
 

2016/10/14

 

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田古嶋 愛子

嬉しかったことパート3
 SSSのホームグラウンドでは、土・日、祝祭日には多くの交流試合や、公式戦が行われています。

 今回のエピソードは、公式戦が開催されていた日の出来事です。大きな大会ということもあり、少し歩いた場所に臨時の駐車場が設置されていました。

 私は、他会場からSSSのグラウンドに車で戻り、スタッフ専用の駐車場に入ろうとした時です。他チームの子が、車の中に見えるように大きなジェスチャーとハンドサインで、「ここはダメー!」と、教えてくれました。

 おそらくその子は、私がSSSスタッフだとは気付かず、「駐車場はあっちだよー」と、一生懸命教えてくれようとしていたのだと思います。子どもたちがルールを知っていて、大人にも注意喚起できるのは素晴らしいことだと思いました。

 私も車中から「ありがとう」と、伝えましたが、その子は足早に帰ってしまったので、伝えきれなかったかもしれません。この場を借りて子どもたちの行動に感謝致します。
 

2016/10/05

 

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